尼崎簡易裁判所 昭和33年(ハ)82号 判決 1958年12月20日
原告 黒田政一
被告 国
訴訟代理人 藤井俊彦
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は被告は原告に対し金六万円を支払わねばならない訴訟費用は被告の負担とするとの判決をもとめその請求の原因として原告は右肩書地で菓子食料品等の販売をしているが昭和二十五年度及び二十六年度の所得税について所轄尼崎税務署長の課税決定に異議があるので再調査請求中の昭和二十七年六月三日同税務署長は右所得税滞納処分として同署員により原告店舗において営業用に使用中の東芝電気冷蔵庫一台に対し動産差押の執行をし越えて同月十日同署員青砥某が差押物件保管替のため引揚に来たので(一)原告は直ちに滞納税額を同人に提供したが之を受取らず引揚を断行するので(二)同署員に対し右冷蔵庫破損防止上取扱の注意として大事に取扱つてほしいと懇願したのに同署員は右注意を顧みないのみかこわれてもかまわないと故意に貨物自動車上へ乱暴な積込をしたために制電器破損の故障を生ぜしめた尚原告は受取を拒絶された税額と費用を右当日引揚直後尼崎税務署に納税したので翌日差押は解除されて冷蔵庫の返還をうけたが右引揚の際すでに制電器が破損して冷蔵庫は使用不能となりその市場価格相当である金六万円の損害を被つた尚右損害額算定基礎として右破損当時修理費二万五千円をもつて破損した制電器の取替ができたが同税務署で修理を承諾しながらその履行遅滞中に製造工程の全面的変改により右部品が生産されなくなり現在修理不能により右冷蔵庫は其価値を失い全損に帰したので同種品の市価六万円相当の損害を被つた次第であるが右は尼崎税務署員青砥某が右職務を行うに際し過失により原告に加えた財産上の損害であつて被告国においてその賠償義務あるにより本訴請求に及んだと述べ被告の主張に対し原告は右差押解除直後同税務署北川徴税係長に対し破損ケ所修理若しくは損害賠償を請求し同係長はこれを承諾したのに直ちに履行をしないので再三請求を繰返していたがその都度調査のため猶予をもとめるのみなので止むなく昭和三十二年十月三十日書面により同署長に催告したところ同年十二月二十六日同署長より修理若しくは賠償義務なき旨回答に接した経過になつているから右交渉継続中修理又は賠償義務を承諾しその履行の猶予をもとめたのであるから右の経過に徴し時効の抗弁は不当であると述べ、被告指定代理人は右主文同旨の判決をもとめ答弁として尼崎税務署長が原告主張の時にその主張の所得税滞納処分として原告営業所でその所有の電気冷蔵庫一台に対し差押処分をし同月十日同署員青砥某が右差押物件を引揚げたことその後同日原告が右滞納税金額と費用を納付したので翌日差押を解除し物件を原告に返還したこと右冷蔵庫は当時原告の営業用として日常使用していたこと昭和三十二年十一月四日同署長に対し同冷蔵庫の修理申出のあつたこと同年十二月二十六日同署長は修理又は損害賠償義務なきことを原告に通知したこと以上の事実はこれを認めるが同署長部下職員が故意に乱暴に自動車に積込みそのために制電器を破損させて原告に損害を被らしめたこと右差押物件引揚の際原告が滞納税金を現金で右引揚担当職員に提供したとの主張事実はいずれもこれを否認するその他原告主張事実はしらないと答え仮に原告主張の損害賠償請求権が発生したとしても右物件は昭和二十七年六月十一日原告に返還されたので右当時直ちに損害の発生と加害者を知り得たのであるからその時より三年を経過した時までに権利の行使をしなかつたから右三年の経過と同時に短期時効により消滅したものであるから本訴請求に応じ難いと述べた。
立証<省略>
理由
昭和二十七年六月三日原告所轄尼崎税務署長は原告に対する昭和二十五年同二十六年度所得税の滞納処分の執行として同署員により原告店舗において原告の営業用東芝型電気冷蔵庫一台に対し動産差押処分をしたこと越えて同月十日同署員青砥某により右の差押物件の保管替処分として原告の保管をといて右物件を引揚げ貨物自動車に積込んで引揚げたこと右引揚同日滞納税額の納付があつたので翌十一日差押は解除され物件は原告に還付せられたこと昭和三十二年十一月四日(原告は十月三十日と主張)同税務署長に対し文書により右物件の破損修理請求があつたが同署長は翌十二月二十六日損害賠償若しくは修理の義務なき旨通知したこと以上の事実関係については当事者双方に争はない証人山田辰夫溝口治の証言に本件口頭弁論の結果を併せると右同日署員青砥某が原告方において物件引揚に着手するに先だち立会した原告と同地区納税組合長である溝口治から税額費用相当の現金提供して執行の中止を求めたのにこれを拒絶して執行の続行を断行したこと次に物件の移動について注意として原告も立会人山田辰夫もともに電気冷蔵庫は横転又は衝撃により破損しやすいので取扱に注意されたいと申入れたのにこれを用いないで横積に貨物自動車上に音を立てて積込んで持帰つたこと翌日差押解除となり物件の返還をうけたときはすでに制電器が破損して冷蔵庫は使用不能となつていたので修理業者に問合せ制電器の取替により二万五千円を要する損害の生じたことを認めることができる右の破損は他に特別の事情の見られない本件の場合引揚処分についての物件の移動積込の手続の経過中に与えられた破損事故であると認めることができるそして他に右の認定を妨げる証拠はないそうすると右署員青砥某は引揚処分断行に先だち原告から税額の提供があつた際にこれを受取るか又は受領できない場合は同税務署に連絡し納付手続をさせて断行を避けるべき義務あることは行政組織上署長の指揮監督下にある公務員として当然であるのみならず国税徴収法第十条差押執行権の発生条件第十二条執行停止第十六条執行禁止第十六条条件付禁止の各規定を通じて徴税の目的と納税者保護との調整上公権力行使の自制を命じているのであり執行若しくはその続行は国税及び滞納費用の納付できない場合の処分であることは言をまたないから本件の場合すでに税額と費用を提供しているのに尚執行を続行したことはそれだけでもすでに不法であるのにたとえ公権力の行使といえども他人の財物を保管するに際しては滅失毀損等損害の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠つて右に見た損害を被らしめたのであつて右の如き事実なかりし場合その損害は生じなかつたものと認められ行為と損害との間の因果関係を認めることができるそして右は尼崎税務署員たる公務員であること争ない青砥某の国税滞納処分執行について原告の被つた損害として被告においてこれが賠償義務あるものと認めることが相当であるが原告は昭和二十七年六月十一日物件還付の時にすでに青砥某の取扱上の不注意により破損を生じたことを自認している関係上右翌日より三年の短期時効にかかり本件損害賠償請求権は消滅に帰したものと認めることができるがこの点について原告の時効中断原因の主張について見るのに先ず尼崎税務署北川徴税係長は右差押解除直後原告の修理若しくは賠償の請求を承諾したと主張し次に同税務署にその後再三履行を催告したが履行の猶予をもとめたと主張するが証人北川昇葛馬喜一郎の証言によるも右原告主張の承諾ないし履行猶予のいずれの事実もこれを認めることができずその他原告の全立証によつても右の事実をうらづけることができないなお最後に原告は本件損害額について被害当初修理費二万五千円で修理可能のところ尼崎税務署において修理義務履行遅滞により現在修理不能で冷蔵庫は全部損失に帰したと主張し価値全部滅失により当時の時価六万円の損害額を主張するが右は修理の承諾の事実が立証された上に起るいわゆる債務の履行遅滞中に生じた増加損害の賠償責任にきするからこの点の認められない本件原告主張の賠償額はこれを採用しないそうすると原告の本件請求権は昭和二十七年六月十一日の翌日より起算し三年に相当する昭和三十年六月十一日の経過とともに三年の短期時効により消滅したことが認められ原告の本訴請求はこの点で失当であるからこれを棄却すべきものと認め訴訟費用につき民訴八九条を適用して右主文のとおり判決する。
(裁判官 恩地コウ平)